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再生への数学 第17回

「第二のガロアの脳」より

「理系への数学」2012年10月号(現代数学社), 二宮暁(ペンネーム)


臓器の性質の違いによって,お酒に強いけど甘いものが駄目だとか,辛いものは大丈夫だけれど牛乳が飲めないとか,という話があります.脳が臓器の一種ということは脳の違いによって,数学はできる けれど他人とのコミュニケーション能力に欠けるとか,そういった事があり得るということです.


 近年,山下純一が[1] の連載で数学の発見とアスペルガー症候群との関係を精力的に調査しています.リーマン,ガウス,ガロア等々名立たる数学者にアスペルガー的な兆候が見られると書いています. 個々の脳の特性が数学の発展に強く影響を与えていたことは間違いないと感じます. ガロア

 15回に,ラマチャンドランが左脳の損傷と右脳の損傷に対する臨床データの違いから,「左脳は矛盾に直面したときそれを取り繕うという対処法を取る」のに対して,「右脳は矛盾に極めて敏感である」という 特徴があると主張している事[2]と,ウェストが[3](原著名:「In the Mind's Eye」)においてダ・ヴィンチ,アインシュタイン,マクスウェル,ポアンカレなどに広い意味のアスペルガー症候群である失読症や学習障害があり,彼らの発見が右脳の強い発達と関連していたと主張した事とを述べました.

 右脳が矛盾に極めて敏感ということは,脳によっては矛盾を感じる矛先として,特に青年期に,学習制度や社会的な慣習,家族関係が挙げられることも容易に想像されます.ウェストは「失読症や,学習障害を持つ人々にもっとも特徴的なことは,(中略)思春期後期や大人になったばかりのころに重大局面 を迎えることである.(中略) この傾向は,才能が高いものほど強烈になる.」と述べ「強い誠実さと,伝統的な見方に耐えられないという点が,気転や社会的な上品さに欠けることと相まって,敵をつくる.」と 書いています.確かにそのような傾向を持つ著名な数学者や身近な人の顔が浮かびます.

 アスペルガー症候群と高機能自閉症は極めて似通っており線引きが一般に困難であると言われています[4].自閉症者が他者との共感を感じることができず,他者とのコミュニケーションが巧くゆかない のは,ミラーニューロンの異常によるとも言われています.ミラーニューロンの異常によっては,時代との共感性も乏しく同時代とは異なる価値観をもつことも不思議なことではないように感じます.

 一方, 近年コミュニケーション能力も研究者に必要とされる能力の一つとして挙げられています.ノーベル賞受賞学者が,賞をとるような立派な科学者になるためには,海外の研究者と如何に交流し信頼を築くかということが鍵であると述べたり,若い研究者 にとっては論文のサイテーションが重要であるので,取り組むべき問題も独自に考えるのではなく,学会に頻繁に出席することで,学会の状況を知り,学会の方向性に沿ったものに変更すべきであるという主 張も聞こえてきたりします.
 これはウェストがアインシュタインの言葉として「科学者はできるだけ政治から遠ざかって,燈台守や靴屋などのように,とらわれない心で研究に集中すべきである」と述べたとしているのとは大きく異なります.


 ガロア理論をよく理解していることと,第二のガロアが現われた際にその人を擁護できるということとは全く異なります.
ほぼ2世紀経た現代でも第二のガロアは生き難いのかもしれません.




【参考文献】
[1] 山下純一 「数学の未来史」  理系への数学
[2] V・S・ラマチャンドラン(山下篤子訳) 「脳のなかの幽霊,ふたたび ― 見えてきた心のしくみ」角川書店 2005年
[3] T・G. ウェスト(久志本克己訳) 「天才たちは学校がきらいだった」 講談社  1994年
[4] 岡田尊司 「アスペルガー症候群」 幻冬舎新書 2009年



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