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21世紀数学の未来像 第23回 

「 ガウスに習う:2次体と光学」   

「現代数学」2015年2月号(現代数学社), 二宮暁(ペンネーム)


   ガウスを語るとき「数学は科学の女王であり,算術は数学の女王である.この女王は威張ることなく,天文学やその他の科学を助けるが,すべての関係の中で,この女王は第一級の価値を与えられている」[ 1]という言葉はよく引き合いに出されます.
しかし,どうもこの言葉の意味が判りません.特に「天文学」から後のくだりがよく判らないのです.
 「精密技術は数字が命、99 .99% と99 .999%では世界が違う」や「会社経営は数字を読むことが大事だ.数字は裏切らない」のような技術者や経営者の言葉の語感と同じものが、ガウスの言葉の後半から垣間見えるのです.
ガウスが数論を重視し,数学の祖として君臨しているのは疑いのないことですが,同時に光学の祖でもあれば電磁気学の祖でもあり,数値解析の祖でもあれば,技術者でもあったのです.

ガウス

 精巧な光学部品の設計を目指す技術者にとって,数値は裏切らないものです.また神が創った作品である天文やその他の自然現象を読み解く際には,まずはその数値と計算手法によってその構造を読み取ることから始めるのも自然なことです.神の言葉は数学であり,数値であり,それを支える算術(数論)であるとガウスは感じていたはずです.
つまり,ガウスの算術は幅広い数学や光学,天文,電磁気も含めた科学全般 や技術などの理解の上に立ったものです.
単一の分野を研究する研究者が持つ世界観とは,全く異なるものをもっていたはずです.

 今回はその片鱗をガウス括弧を巡る2次体の話と光学の話を通して眺めてみます.



 ガウス括弧と呼ばれるものは,1801年ガウスの整数論[3]の27章において既に定義されています.A=a, B=bA+1, C=cB+A ,に対して[a] :=A, [a, b] :=B, [a, b, c] :=C とし ます.つまり,

[a_1,.., a_n] = [a_1,,,,, a_{n-1} ]a_n+ [a_1,..., a_{n-2}]

として定義します.


このガウス括弧を利用すると.連分数

p/q = 1/(a_1+1/(a_2+ ...... +1/a_n)....)))

は、p=[a_n,....a_2], q=[a_n,....,a_1] と表現できます.ガウスはこのガウス括弧を利用して実2次体,虚2次体の研究をしました.

 他方, ガウス光学は1840 年の「DioptrischeUntersuchungen」に結実します. 本人は出版に消極的でしたがベッセルの「光心」という誤った概念の導入にうんざりして出版したのでした[4].レンズの配置はSL(2, R) の所望の生成元TとPで生成させるという問題に帰着(全単射対応)します.生成元T がレンズ間の距離,P がレンズのパワーに対応します.レンズの性能は2次体 のガウス括弧で記述され

となります.右辺が入力光,左辺が光学系を経た後の出射光です.斜体でないbが位置,斜体のb が光線の入射角度に相当します.光学は所謂シンプレクティック構造を見ているので[5],ガウスはシルベス ターによる行列の発見の前に行列演算を理解し,そしてそれを論文に記しました. つまりガウスは,SL(2, R)の操作と2次体のPSL(2, Z)での振る舞いとの関係を見抜き,それらを通して光学を見ていました.

 また,天文軌道の観測データを補間するための補間関数の構成の過程において,20世紀中盤になって発見されたとされる高速フーリエ変換を見出し,その数値計算により,天文軌道を求積していきました[6].その発見は円分体の代数構造とも繋がります.完璧主義ゆえ口にはしなかったものの,円分体の不思議さと遥か遠くの 天体の軌道とのまにまに神が創った算術が見え隠れしていたのではないかと推測できます.

 光学機器を扱うと様々なフリンジ(干渉縞)を観察することになります.それらからガウスはガウスの和や,2次体,光学,波動の背景にある円分体などを想起したこともほぼ間違いありません.それは100 年後のヴェイユ表現と結びつくものかもしれません. 最も控えめに述べても,技術屋,軌道計算屋としての拘りや,自然現象から神の言葉を読み解く自然科学者としての拘りの中心に,算術が あったと見るべきです.それが冒頭の意味とすれば後半のくだりもすんなり頷けます.



世界を記述する数学を構築する際,ガウスから学ぶべきことはまだまだ沢山あるように感じます.例えば,広い世界観が数学と繋がっているのだということを再認識することは必須です.20世紀が分化,細分化を目指した世紀であったのに対し,21 世紀は融合に向かってもよいように思います.
更には,21世紀に入ってからの計算速度や記憶容量などの計算機 技術の急激な発展により,ガウスやオイラーでなくとも比較的容易に数値的な取り扱いが可能となっています.
 算術とは数値を求めることという基本に戻れば, 抽象化とは別の道として,具体的な数値を研究することは再評価されるべき時期に来ているように思います.
例えば,実2 次体への道[7]は具体的な数値実験を基に進み始めていますし,また,統計学では,ガウスならばπ やe と結びつけたい衝動に駆られるに違いない様々な不思議な数値,例えば0.67634831 (2)[8]が見つかっています.




【参考文献】
[1] しみずともこ,山下純一 「数学は燃えているか」 現代数学社  2011年
[2] E・T・ベル (河野繁雄訳) 「数学は科学の女王にして奴隷 1,2」  ハヤカワ文庫  2004年
[3] ガウス ( 高瀬正仁訳) 「整数論」  朝倉書店 1995年
[4] 鶴田匡夫 「 第7・光の鉛筆    ― 光技術者のための応用光学 ― 」 アドコム・メディア  2006年
[5] 松谷茂樹 「線型代数学周遊  ― 応用をめざして」    現代数学社 2013年
[6] M. Heideman, D. Johnson, C. Burrus, Gauss and the history of the fast Fourier transform, IEEE ASSP Magazine 1( 1984) 14-21.
[7] F. Kawamoto, K. Tomita,Continued fractions and certain real quadratic fields of minimal type J. Math. Soc.Japan 60(2008), 865 - 903 .
[8] http://en.wikipedia.org/wiki/Percolation_threshold



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