線形代数学周遊 サイドストーリー I


第8章:離散フーリエ変換と群の表現について


なぜ,この章を書いたかということなどを,少し砕けた感じで書きしるしておきます.

物理屋や化学屋が書いた群の表現の本がありますが,私が読んだ本の場合だけかもしれませんが,読んでもちっとも判りませんでした.
群の表現は「行列で表すこと」が目標ですが,(私が読んだ)物理屋や化学屋が書いた群の表現の本では, 最初から群が行列で書かれていたり,積の群なのに(行列だから)和が突然現れたりします. 何がgivenで何が結論かが判りませんでした.


物理をやっていて感じるのは,物理には言葉が足りな過ぎるということです.
それは単に悪い意味というわけではなく,いい意味も含めてです. 語りたいことが沢山あるのに言葉が不足しているということです.
「自然科学者のための数学概論」の元本の緒言で寺澤寛一が書いたように, 物理はファラデー的な研究者ならばわかる学問なのだろうが,そうでなければ難しいという意味です.
少なくとも,私には無理,と思うことがよくありました.
大勢で議論し合ってその中で共通のジャーゴンやコンセンサスがある場合は議論が うまくいくのでしょうが, そうでない研究テーマに関しては, 緻密な議論をしようとするとどうしても言葉が足りなくなってしまい, 議論がかみ合わないという場面にも何度か出くわしました. 企業でそのテーマを推進しているのが自分一人という場合は,自分と語り合わなければなりませんが, 言葉がないとモヤっとしているという印象を感じてしまい,自分自身もどかしく思っていました.

一方数学は,きっちり定義された言葉(ツール)がきっちり用意されています. いったんわかってしまえば万人が同じ土俵で議論できます. 考察を進めるとき,きっちりしている部分の境界が明確です.


有限群の表現は有限群の群環の表現です.これは非数学科卒の人には馴染みのない言い回しですが, 群環がわかり正則表現や加群の話がわかると「群の表現」は何をしようとしているかが一挙にわかります. そこで「線型代数学周遊」では,離散フーリエ変換を群環で書いてみました.
畳み込み積や高速フーリエ変換の正体まで見えてきます. 群環や加群の初歩さえ理解できれば(数学科3年の前期レベルの知識), 詳細はわからないとしても「群の表現」が何をしているかがわかるのです.
群環や加群がわかるといろいろなものがその対応で見えてきます.量子力学のいくつかの議論や,ジョルダン標準形などといったもの の多くのところは加群の話です.
加群の言葉にすると利用価値は高いのです.加群はベクトル空間の体のところを環に置き換えたようなものです. 「現代数学のほとんどは線形代数がわかればわかる」(少し言い過ぎですが)という意味で,線型代数の範疇です. ジョルダン標準形などは,1つの行列が作る多項式環の(正則)表現の一種なのだと思ってしまえば,やっている内容はわからなくとも 大体のことは見えてきます.
少し敷居が高いですが,わかってしまえば初等的なものはなんてことないものの方が多いです.(もちろん深みはグッとあります)

群の表現での 「既約表現」はわからないとしても,加群の「単純性」のことと言われればなんとかわかるし,定義も迷いなく定まるように感じています. シューアの補題の本質は加群の準同型写像による分類だとわかれば,色々なことを忘れてもいつでも構築し直せるように思います.
(これまで読んだ物理学者・化学者が書いた「群の表現」の教科書(今はずいぶん異なっているかもしれませんが) シューアの補題などは,何度読んでも, 私にはよくわかりませんでした.慣れれば計算ができるようになることはあるかもしれませんが,その筋のプロでなければその機会もありません. 「何をやっているのか」がわかれば,後は「信じて」議論を進めるという立場もあると思います. しかし,その前段の「何をやっているのか」が,読んでも全く見えてきませんでした.

もちろん理解の仕方は人それぞれなので押し付けるつもりはありませんが,最も単純な巡回群の表現くらい,それなりに書いた本があってもよいと思いこの章を書きました. 
今は高速フーリエ変換 (FFT)のコードがネットにありエクセルでも計算できる時代です.バタフライ演算のコーディングを真似るよりも,ガウスも発見したというFFTの本質を理解する方が何かの役に立つように思い,これも8章に書いています.
ガウスの和は,整数の環としての性質に関するものですが,その環構造が高速フーリエ変換の本質だったわけです.
ついでに数値計算の不安定性なども,このような流れであれば,最も単純な線形作用素の安定性の議論として理解できてしまいます.

ガウスの和をここで書かれたもので理解することはほぼ不可能ですが,それ以外の話題の本質的なところは理解できるのではないかと思っていますし, 理解する価値は高いと思っています.(コーディングはできませんが)

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