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21世紀数学の未来像 第26回(番外編)

『「もしも僕らの数学がウィスキーだったら」そして 「ダンス・ダンス・ダンス」』より

「現代数学」2015年5月号(現代数学社), 二宮暁/松谷茂樹


 村上春樹のエッセイに「もしも僕らの言葉が ウィスキーだったら」という村上春樹らしい旅行 記があります.

 僕は春樹の旅行記がとても好きで文庫になる と読むようにしています.距離感が絶妙で対象 に近すぎず,かといって離れすぎず,軽い文章 で淡々と目の前にある事象が描かれてゆくので す.少し長い旅行の電車の中や,日曜日の午後 にカフェでコーヒーを飲みながら読んでいると, 風景が匂いと共に見えてくる感じがしてよいので す.

 シングル・モルト・ウィスキーを巡る旅の本が 先の本です.


UK

 春樹はスコットラ ンドのアイラ島のシ ングル・モルトのラ フロイグ蒸留所を訪 ね,そこで蒸留所の マネージャに会って 『あれこれ言う前に, 飲んでくれ.私たち がやろうとしている ことは,飲めばわか るから』と言われます. 春樹はそれに応えて「たしかにラフロイグには, まぎれもないラフロイグの味がした.10 年もの には10 年ものの頑固な味があり,15 年ものには 15 年ものの頑固な味があった.」と書きます.マ ネージャは『そうなんだ.頭であれこれと考え. ちゃいけない.能書きもいらない.値段も関係 ない.多くの人は年数の多いほどシングル・モル トはうまいと思いがちだ.でもそんなことはな い.年月が得るものもあり,年月が失うものも ある.エヴァポレーション(蒸発)が加えるもの もあり,引くものもある.それはただ個性の違 いに過ぎない』と言うのです.


 科学技術と言うとなんとなく「新しければ新し いほどよい」という 一般常識がありま す.昨日の情報より 今日の情報,極端に 言えば,10 分前の情 報より1 分前の情報 がより重要であると 思っているのです.  僕が今回この話 題を取り上げたのは 「数学はウィスキー のようなものだ」と思ったからです.

 数学は必ずしも新しいものが素晴らしいわけ ではありません.ヴェィユの共鳴箱(卓越した 少数の数学者の卓越した結果によって共鳴する 多数の数学者のたくさんの論文が産出され,そ れらの論文は卓説した少数の数学者のモチベー ション向上のためだけに重要である)という視点 に立てば,多数の論文よりも,卓越した少数の 数学者の論文が重要であり,新しいとか古いか は問題でないのかもしれません.


 もちろん,職業数学者になろうとしている若 い研究者にとってみれば,他に先んじて共鳴す る論文を書くことが職を得るのに有利であるた めに,卓越した数学者のグループからの精神的 な距離を縮め,如何に早くその結果を知るかが 重要だったりするかもしれません.少なくとも, 理論物理などでは,お伊勢参りのような特定の 研究所詣でにより,最新ニュースを獲得すると いうことなどが実際にあったりしますし,数学 にも似た傾向があるようにも思います.  それでも,数学の論文は,最先端の物理,生 物,工学の論文のように,引用する文献が数年 前までの論文と教科書のみというものとは大き く異なります.

 僕が地方大学で理論物理の勉強をし,就職を し,順調に企業技術者として過ごすはずのとこ ろを素人数学者として一歩を踏み出したのは, 数学が他の学問よりずっとウィスキーに似てい たからだと思っています. 村上春樹のエッセ イに出てくる醸造所のシングル・モルト・ウィス キーと同じように,新しさとか古いとかそうい う世俗的な価値観よりもずっと深い「よいものは よい」という素朴な誠実さと個性が根底に流れて いるからでした.

 流行についてゆく実力も共鳴する力もありま せんし,誰かが考えた問題について神経をすり 減らすより,折角 素人数学者とい う自由の身でもあ りますので自分で 設定した問題を考 えてゆく方が性に 合っていると考え ました. 流行と は少し距離を置い て,非線形可積分 関連の論文の執筆 から微分幾何をか すめ,オイラーのエラスティカに目覚め,代数 曲線の周りの論文などをふらふらと書いて25 年 が過ぎ,同時に,企業では産業数学を扱う産業 数理技術者として,数値解析の論文も幾つか出 版していました.

村上春樹

 2010 年末から僕は後で「線型代数学周遊」とな る「線型代数のはなし」を月刊誌「理系への数学」 に連載をしました.入社後も大学周りでうろう ろしていたので,大学の研究者からは「企業での 研究現場は自由がなく大学の研究よりも面白み のないもの」という印象を持たれていることが少 し残念なことだと常々思っていました.「大学を 離れることは研究者として死を意味する」ような 考えです.「線形代数学周遊」や「線型代数のはな し」で書こうとしていたことは,企業での研究現 場はそんなに悪くはないということでした.む しろ,とても刺激的で面白い事がたくさんある のです.場合によるとアカデミックより本質的 な事を考えていたりもしますし,学会の評価を 気にする必要がない分じっくりと基本的なこと をライフワークのように研究できていたりもしま す.学会の動きからも遠い分,情報もよい意味 で遮断され,篭ることが出来たりもします.雑 踏の中の方がずっと落ち着いて真理を見つめられ たりできるという表裏の現象です.それにいろ いろな分野の技術者との共同作業はとても刺激 的です.これが,派手ではないけれど企業の理 系技術者,数学技術者の低い響きを持つ思いで す.その事を言葉で表現してゆきたいと考えて いました.実際そういう活動を2008 年頃から始 めていました.これから社会全体が数学を利用 するならば,そういう市井の技術者の思いを誰 かが代弁しなければならないとも考えてもいまし た.「線型代数のはなし」の連載はその一環でし た.


 2011 年3 月11 日の震災,様々な禍を目の前 にして,誰もが思ったように僕も「何ができたの か」そして「何かをすべきか」ということ感じてい ました.3 月の末になって現代数学社の編集長 から「数学は何ができたのか,今後何をすべきか というような事を書いてくれる人を誰か知らない か」という主旨のメイルが僕に来ました.編集長 も同様の思いだったのです.編集長の熱い思い に感動しながらも,僕は「残念ながら知らない」 と答えました.

 僕は丁度,「理系への数学」に「線型代数のはな し」を企業研究者として執筆をしていました.企 業研究者は企業の名前を使う限り企業を背負っ ているので,個人の意見は制限されるものです. それでも個人の立場としては書きたいことが あったので,「もしも,誰も適当な方が見つから なかったら,僕でよければペンネームで書いて もいい」ということも同時に編集長に伝えたので した.

 偶然の経緯で,素人科学者として純粋科学か ら純粋数学の論文を60 ほどは出版し,理論物 理,産業の現場での数学,数値計算の研究をし てきた者として書くべきことがあると思ったので す.「数学がどのように役にたつのか」をきっち り見てきた自負もありました.幸か不幸か,編 集長は適当な人を見つけられず二宮暁が誕生し, 「再生への数学」の連載が2011 年7 月号から始ま りました.

 決して上等とは言えないし,素人の域を脱 していないけれど,僕は純粋数学から応用数学, 理論物理までの状況をフラットに眺めることが できると思ってい ます.僕はきっと 世界的にも稀でと ても特殊な偶然の 産物なのです.そ れはモンスター群 のJohn McKay さ んからの突然のメ イルだったり,自 宅への訪問だった り,David Mumford の弟子のEmma Previato さ んとの共同研究だったり,そして「線形代数学周 遊」の謝辞に述べたその他,大勢人々の善意と支 援のお陰であったりするのです.素人数学者と しての僕の理想は,春樹のエッセイに出てくる ように様々なシングル・モルト・ウィスキーを個 性として味わうがごとく,種々の数学を味わう というものです.長年のコツコツとした歩みと, 口笛を吹くように数学を楽しむという楽天的な 性格のお陰で,決して高級とは言えませんが, あるレベルの論文誌に掲載される程度のティス ティングは少なくとも出来るようになっていまし た.

John McKay

 3. 11 から続く幾つかの禍害を起こした原因 のひとつはパラダイム間の通訳不能性だったと 思っています.数学がすべきこととして、個々 の科学を結び付ける万能の言葉としての役割が あるはずです.それは整数論の中にある代数構 造と結びついているかもしれないし,基礎論の 中にあるかもしれないし,微分幾何,代数幾何 の幾何構造と関連するかもしれないし,解析学, 確率論や統計学のように直接的なものかもしれ ません.いずれにしても,決して表層的なもの ではないのは確かです.フッサールが数学を突 き詰めることで哲学化して行ったように深いも のかもしれないですし,ヒルベルトがミンコフ スキーと夢見た科学を語る普遍性としての数学 かもしれません.

 僕は3. 11 以降,目指すべき一つの道は数学 を再度活性化することで、通訳不可能性を克服 し様々な科学が融合することであると考えてい ます.同時に,個々の数学自身も,ウィスキー を普段着で味わうように語られるべきと感じて います.高校時代,美術か物理かの進路の選択 に悩んだことや,大学時代,文学部の教員学生 が集った俳句会を通じて触れた文学研究や現代 哲学の洗礼を受けたことを基にして,芸術と数 学や,文学と数学など言葉にしたいことが溢れ るようにありました.それらを「再生への数学」 に書き、そして「21 世紀数学の未来像」を書き出 したのです.

 2014 年は長い一年でした.会社では新しい職 務に就き,寒い内はぼんやりとしていた思いが, 春になり色々な人々と出会ううちに輪郭がはっ きりとし,新たな世界を作ろうと思い始めても いました.夏,あるきっかけで風景がモノトー ンとなり,同時に隧道の向こうの光が輝きを持 ち始めました.

 丁度,時を同じくして村上春樹の「ダンス・ダ ンス・ダンス」を読んでいました.小説のテーマ は世界は知らないところでいろいろなものが繋 がっているというものです.主人公は「音楽の 鳴っているときはとにかく踊り続けるんだ.」「そ れもとびっきり上手く踊るんだ」と言われ,運命 に翻弄されながら生き抜きます.


 偶然の出会いや偶然の事象が共鳴し,網目の ように世界 が繋がっ て,新しい 世界への道 に誘う“ 奇 跡” という ものに,誰 もが一生の 内に一度く らい遭遇するように思います.僕は運命論者で もないし,神を信じているわけでもありません が,2014 年は僕にとってそういう年でした.

 「企業研究者には大学関係の研究者より自由 がなく,実力としても劣るに違い」などというな んとなく世間を覆っている印象を反駁するため, ずっと企業研究者という立場から発信をしたい という思いがありました.できるだけ政治的で はなく,現場の生の声を,裏づけが取れるバッ クデータと共に発信するという拘りです.運命 の声はそんな小さな拘りは横に置いて,もっと 高らかに語れと囁いているように感じました.

 18 世紀,19 世紀の幾人かの数学者にとって, 整数論や,幾何学や,理論物理そして科学技術 などは互いに敵対するのではなく,様々な局面 で協力しあっていたように思います.初等整数 論的な思考が,現実の世界を表現したり,制御 するのに役立ったり,華麗な代数幾何が現象を 支配していたりしていました.そう言った18 世 紀や19 世紀に存在していた感覚が21 世紀に求 められているのです.

 僕は踊るしかないのだなあと思ったのです.


 僕はバーに行って,シングル・モルト・ウィス キーの名前をスラスラと語れるようなタイプの人 間でも,シングル・モルトの味の違いを飲み分け られる舌を持つ人間ではないのだけれど,数学 は春樹のエッセイに書かれるシングル・モルト・ ウィスキーみたいなものだと思っています.そ れはきっと今後も僕にとってはずっと変わらない ものです.そして,これからは二宮暁ではなく, 語り始めたいと思っています.  番外編は今回でおしまいです.次回からフッ サールの「技術と数学」について書くことにしま す.

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